教育研究グループShinkaの「子ども観」

私たち教育研究グループShinkaの「子ども観」を紹介します。

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すべての子どもは「未来の宝」です

子どもに絶対の信頼を置いた「人間観」が、今、社会に求められているのではないでしょうか。子どもたちはみんな「すばらしい宝」をもっているのです。

不幸や、悲しみに沈んだ子どもは、自分に自信が持てず、自分の中にあるすばらしい宝、可能性が見えなくなってしまうものです。そのままでは、子どもは、やがて、卑屈になり、自暴自棄になり、自分で自分を傷つけ、人を傷つけるような行為に走ってしまうことが多いです。
自分の尊さがわからないから、他の人の尊さもわからなくなってしまう。自分自身が、どれほどすばらしい存在であるか。どれだけ計り知れない可能性をもっているのか。子どもに、それを気づかせ、目覚めさせていくのが、教育の根本ではないかと考えます。

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すべての子どもは伸びようとする生命力に満ちています

子どもには、「育とう」「伸びよう」という生命力があります。親や教師、周りの大人はあまり心配しないで、どっしりと構え、大きな心で包み、見守ってあげるという面も必要だと思います。
苦労も自分で乗り越えていけば、かけがえのない財産になります。子どもは本来、そうした「乗り越える力」を備えていると実感します。

「学ぶ楽しさ」と「成長する喜び」を経験させてあげることが、教育にとって最も大切なことではないでしょうか。それを味わうことができれば、子どもは自分でどんどん伸びていこうとします。自分の持っている力と、その素晴らしさに気づかせてあげることが大切です。

自然の中で、何時間も過ごしたり、実際に身体を動かして何かをするといった「直接体験」は、子どもにとって大切だと思います。
人間、「肌で感じる」「生命で感じる」といった経験を通してしか、学べないものがあります。単なる知識だけなら、本を読んだり、一人でいくらでも学べるかもしれません。しかし、人間にとって最も大切な「生きる力」というのは、自発的な体験や、人と人との触れ合いのなかでこそ養われるものだからです。

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すべての子どもは計り知れない可能性があります

子どもには計り知れない可能性があります。だから、どんな子に対しても、あの子はダメなどと決めつけてはなりません。

子どもの内に秘められた創造力を薫発していくには、教える側の努力が不可欠です。忍耐が、勇気が、愛情が必要です。
人間を教え育んでいくためには、教師自らが人間的魅力の輝きを放っていなければならないと感じます。哲学者ソクラテスの感化力を、世人が「シビレエイ」のようだと評価したのに対して、彼は、シビレエイは、自分がシビレているからこそ他人をシビレさせることができるのだ、と応じたそうです。
であれば、子どもの「創造性」の薫発は、まさに、教師自身の努めて創造的な日々の中にこそあると思うのです。でなければ、いくら創造性の開発などと言っても、それは絵に描いた餅に終わってしまいます。

創造性ということは、人間に与えられた勲章であり、人間が人間であることの証とは言えないでしょうか。人間のみが、能動的かつダイナミックに、一日そしてまた一日と、より高きものを目指し、新たな価値創造の営みをしていける存在なのではないでしょうか。

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すべての子どもは差別なき心の体現者です

幼児こそ、まさしく国際人の資格である「差別なき心」の体現者と言えるでしょう。人間は大人になるにしたがって、民族や宗教の差異にこだわったり、富や権勢を鼻にかけたりして、その心が曇らされ、差別なき心のつき合いが難しくなってきます。

人間は、子どもの時に身につけた価値観を、ずっと大きくなるまで持ち続けるものです。大きくなってから、それを変えるのは、決して簡単なことではありません。
子ども時代に、きちんと「平和教育」「人権教育」をしていく重要性が、ここにあると考えます。教育の場における、そうした一つひとつの積み重ねこそが、平和を築く礎となると思います。